2020年回顧、お城探訪、その1

お城に関しては、純粋に城攻めだけ、と

街道歩きの寄り道、の二通り。

さらに、史跡巡り関連の山登りというのもあった。

【日本百名城・続百名城】

2月に愛媛県遠征をした。

2020年唯一の長距離遠征でした。

◆一日目、晴れ


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「河後森城」

伊予と土佐の県境。宇和島駅からバスで行きました。

途中に祖父の故郷がある。つまり、稀少な我が姓のルーツの地。ようやく来ることができた。そういう意味で感慨深いものがあった。


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城跡はよく整備されていて見ごたえあった。

駅前の足湯
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再び宇和島駅に戻り、

沿岸の砲台跡

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寄り道したために遅くなり

 

宇和島城

夕方になったため必死で天守まで駆け上がった。途中の高石垣をじっくり見なかったのが残念無念。


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閉館間際の天守に入れてもらってスタンプ押した。


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この後、一旦城の外に出て博物館など史跡見学して再び戻ったら城が閉鎖されていて、ロッカーに入れておいたバッグを取り出すことができなかった。


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↑ロッカー

翌朝、取り出すことできたが、もし宇和島のホテルに泊まってなければ悲惨な事態になってたと思う。

ホテルでは胆石症が再発してのたうち回った。

結局、宇和島城は苦い思い出となった。

祖父の故郷に来たのに墓参りせずに通過した罰だったのかも…

 

◆二日目、雨降り。

大洲城

ロッカーは駅じゃなくて、駅横の観光案内所にあります。

城下町巡りしてるうちにようやく胆石の苦痛から解放された。


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城下町と川沿いの景色がナイス。


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近江聖人と言われる中江藤樹ゆかりの場所もいい。


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湯築城

午後は松山市へ移動。

道後温泉湯築城へ。


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実は昔、ここに来てる。

その時は城跡とは知らず、公園のトイレを借りただけだった…

道後温泉前の一六タルト店で、天ぷらタルトうどんを食べた。


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これがこの日、唯一の食事でした…

道後温泉本館は凄い行列で、断念。


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コロナ禍の今はガラガラだとか?

 

◆三日目、晴れ

松山城

昔来た時はローブウエイを利用したが、今回は東側から歩いて登城。


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竪石垣を見るために二の丸まで下山して、再び登り、天守を見てまたまた竪石垣を見て下山した。


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↑人がいなければ石垣の上に登ったかも…

 

天守は開館前から行列できてた。

 

今治城

午後は今治へ移動。


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天守だけでは物足りないので、少しだけ城下町探索した。

 

能島城へも行きたかったが時間切れ。

今治駅から路線バスで福山駅へ行き新幹線で帰宅した。


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愛媛県の百名城スタンプは残り1つです。

 

この他に西国街道歩きの時に芥川山城のスタンプを押したので、

2020年の百名城スタンプは、合計7つだけでした。

 

コロナが早く終息してくれないと、これ以上スタンプが増えない…

 

その2に続く

 

 

 

馬《●▲●》助ヒヒーン♪

 

2020年回顧、街道歩き

2020年も、街道歩きと城跡巡りの両方をメインに活動した。

ただし、母の介護と新型コロナのために時間と地域の制約があり近場に終始した。

 

記録をちょこっと紹介します。

 

◯【中山道】坂祝~御嵩

坂祝駅美濃太田宿→伏見宿御嵩宿


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2回に分けて歩いた。

御嵩宿から中津川までは、途中に駅もバス停もない20キロを超える長距離の山歩きがある。

なので、春先に計画してます。

さて、無事にゴールできるかな?

 

◎【朝鮮人街道】野洲鳥居本

最後まで残ってた彦根市南部を歩く。

街道沿いに平地の館城跡が散在し、すべて制覇。

地元の人のレアな情報を得て成果あり。

後日、アップします。

これにて街道制覇!

 

◎【御代参街道】五個荘~土山


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五個荘町スタート。

本来のルートはもっと北の方だと地元の人に教えてもらってリスタートした。

途中で街道歩きの人と出会う。

鹿児島から青森まで制覇したと聞いてビックリ!

凄いです。


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日野町から東海道土山宿(ゴール)へ抜ける峠越えは難関だった。

峠近くの鎌掛城も厳しかったが、なんとかクリア。

三回分割で全線制覇。

 

◯【八風街道近江八幡四日市


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近江八幡の黒橋がスタート。

途中の金剛寺城跡と小脇館は、佐々木六角氏が観音寺城を築く前の城跡。


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永源寺まで進み、ここ中断。

この先、三重県境の八風峠越えは本格的な厳しい登山なので、どうすべきか計画を思案中。

ゴールは四日市市です。

行けるかな?

 

◯【美濃路】垂井~名古屋

スタートの垂井宿から横屋駅までは前年までにクリア。


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なので、横屋駅からスタート、2回に分けて萩原駅(一宮市)まで進んだ。

ゴールの東海道宮宿(名古屋市)までは短い距離だが、周辺の史跡がいっぱいあるためまだ何回もトライすることになるだろうな…

 

◯【西国街道京都市東寺~西宮

高槻駅茨木市

今年はたったの一回しか歩けなかった。

 

以上です。

 

北国街道北陸道、丹後街道、北国街道西近江路、東海道竹内街道、山陰街道。

いずれも中途になったまま、全く歩けなかった。

コロナが 収まるまで無理だろうな…

 

ちなみに現在、大和街道伊賀道(奈良市東海道関宿)歩きを計画中。

いわゆる家康の伊賀越え道と言われてる。

伊賀の城跡巡りと合わせて歩くつもりです。

この地域はコロナの影響受けないのでしばらくは集中的に挑戦したい。

 

さて、2021年度はどれだけ歩けるかな?

 

次回は、お城編の回顧です。

 

 

Φ(*^ひ^*)ΦΦ(*^ひ^*)Φ

例年、元旦に初詣に行ってるが、今年は4日に参拝した。


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地元の多賀大社です。

三が日じゃないけど、相変わらず人多めでした。

おみくじは、


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「末吉」

毎年低空飛行ですわ。

 

さて、今年はどないなりますやら

 

 

 

馬《●▲●》助ヒヒーン♪

 

 

 

 

 

 

 

 

日本の城検索ランキング


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お城の検索ランキングベストテン

我がひこにゃん城は、6位でした。

この10の城が毎年の定番になってるようです。

 

このなかで我が輩がまだ1度も登城してないのは、

首里城

 

沖縄は飛行機に乗らないと行けないので、

永久に無理かな…

 

 

Φ(*^ひ^*)ΦΦ(*^ひ^*)Φ

謹賀新年、本年も宜しくお願いします

 

今年もコロナが続きそうだし、母の介護もあるので遠出は難しくかも?

百名城スタンプ集めは、しばらく中断だな。

 


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晦日の積雪は、ひこにゃん気象台公式発表では35センチでした。

ちなみにマイカーの上には50センチ積もってた。

重さでパンクするといけないので慌てて雪下ろしした。

かなり溶けてきたが、この先も雪の予報なので、この雪が根雪になりそう…

しばらく北へは行けないわ

 

馬《●▲●》助ヒヒーン♪

西国街道歩き、安威城へ。

2020年10月25日
西国街道歩き、
太田茶臼山古墳を一周したため、雲見坂はパス。

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振り返って坂を見た。

 


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実は太田神社には立ち寄れなかった…


↓ここ、数年前に来た時は東芝町という名前の交差点だったはず


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前回触れた追手門学院大学東芝工場の敷地に建てられたのです

 


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安威川の橋を渡る


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名神高速道路を越えて
耳原交差点へ。
ここでまたまた寄り道。
耳原は「みのはら」と読む。
中川清秀和田惟政が戦ったゆかりの地です。

 


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交差点を右折して北上すると
向こうに丘が見えます


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この丘がまるごと
【安威城】
安威は「あい」と読む
地名由来については諸説あります。
この地域、「藍野」と呼ばれてるので藍=安威?
あいわかりません…

 

我が輩は「あいーん城」と呼びながら周囲を二周しました。


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この付近は内郭だったかな?
側溝は堀跡


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こちらは外堀
藪のなかに土塁が残されてるようだが…


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この土手というか藪の中に入りたかったな…

 


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酒屋さんの所に城跡の説明看板が、あい~んス


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学校横の通路、内郭と外郭の境目


内郭と外郭を確認するために二周したのです


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マップの丸印付近に大手門があった


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大手から左手の外堀水路だったかな?

 


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↑大手門付近



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平地の館城、城跡は外堀を一周しないと制覇した気になれない我が輩、人の倍の時間がかかる。

ここも一時間かけました。


ここから北へ進むと「安威砦」という山城があり、良い遺構があるそうです。
地元の豪族安威氏の詰城かもね。
行くつもりだったが、
この時点ですでに夕方の5時。


なによりも、安威砦は立入禁止という情報を得たので、悔しいが断念。

 


今回の街道歩き、ここでストップしました。


この先、吹田→西宮へはいつ行けるやら?


以上、西国街道歩き、
これにて一旦おしまい。
今回のルート図


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高槻駅~島上郡衙


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今城塚古墳

 


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太田茶臼山古墳~安威城跡

 

ルートの詳細は
YAMAPのアプリ
西国街道高槻駅から茨木まで歩いた-2020-10-25 https://yamap.com/users/1260342 #ヤマップ

 


Φ(*^ひ^*)ΦΦ(*^ひ^*)Φ

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我がひこにゃん市も雪国となりました。

この冬は雪多いのかな?
馬《●▲●》助ヒヒーン♪

 

 

 

 

西国街道歩き、島上郡衙跡~今城塚古墳

2020年10月25日
西国街道、寄り道してます。
島上郡衙の反対側に
「素盞嗚尊神社」

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ここに芥川廃寺という郡寺があったそうです。


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鳥居の額には「神郡社」と書いてある。
郡全体が神域だった神社ということか?

「手水鉢」


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寺の塔の心礎でした。

 


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マップを見てわかるようにこの近辺は郡の中心地として役場や寺社、そして大きな古墳があります。

やっぱり摂津国国府もこの付近にあったと考えていいのでは?

そして、

「今城塚古墳」

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巨大の堀と土塁は城を彷彿させますが、実際に
城砦として戦国時代に使われたので今城塚と命名されてます。


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足利義栄織田信長の陣所となったので、古墳が改変されたに違いない。


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模型

この日は太鼓の演奏イベントが開催されてました


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今城塚古墳は、継体天皇陵と推定されてます。
天皇家の跡継ぎがとだえそうになったので越前・近江出身のおおど王が迎えられて即位。
継体天皇は、
現在の天皇家のルーツとも言える天皇なのに、
スマホで「けいたい」と入力しても「携帯、形態」しか変換されない。
なんでやねん!
今やこの古墳は公園化されて厳粛さは全くない。


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古墳でどんちゃん騒ぎするのは不敬ではないかい?
宮内庁としては、木簡とか文献史料が出てこない限り天皇陵として認定しないとか?
いやはや…。


ま、そのおかげで天皇陵を発掘調査できたのだが。
継体天皇河内国樟葉で即位したものの淀川、木津川沿いを遍歴し、
大和の都に入れたのは、なんと即位19年後でした。
系譜に問題ありとか、抵抗勢力が阻止したとか、摂津近辺での基盤固めに時間がかかった、などの諸説あります。

いずれにせよ歴代の天皇陵で、摂津に陵墓があるのは継体天皇だけ、です。
即位に際して越前・近江だけでなく摂津・河内・山城などの勢力の後押しがあり、三島地区は天皇の地盤となったのではないだろうか?


今城塚古墳には、何度も来てるので今回はぐるっと一周するだけにしました。

街道をさらに西へ向かうと
茨木市太田地区に入る。


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「太田茶臼山古墳
こちらは宮内庁管轄で、継体天皇三嶋藍野陵と命名されてる。

マップには、継体天皇陵と記載されてますね。
宮内庁管轄なので中に入れないので、こちらもぐるっと一周して街道に戻りました。
今城塚古墳が、戦国時代以後砦・陣跡に改変されて、天皇陵という認識が消滅し、こちらの茶臼山古墳
江戸時代に継体天皇陵と推定されてしまったようです。

古墳から少し南へ向かうと
太田城跡」


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多田源氏の太田氏が築いた、とされる。
源義経と戦って敗れたそうです。


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余談ですが、追手門学院大学の「追手門」は、大坂城の大手門の敷地に学校が造られたのにちなんでます。

大坂城大手門の場所は茨木市太田ではないでよ、念のため。

続く…

 

Φ(*^ひ^*)ΦΦ(*^ひ^*)Φ

10、先日、京都一周トレイル第3弾として蹴上から大文字山まで登った。
山頂は超満員状態。家族連れも多い。あんなにたくさんの人が登ってるとはびっくりポンでした。
我が輩は、大文字山の斜面にある如意岳城跡を散策。


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長い空堀と土塁が郭を分割していて、東側に3重の堀もある。
久しぶりにいいものを見ました。

斜面を登ったり降りたりしてる我が輩を見て、山頂のハイカー達は『あのオッサン、トイレ探してるのかな?』と思ってたりして…
というか、城跡の標識一つぐらいあってもいいのに!
イカーの皆さんが休憩してる場所は本丸跡だぞ、て言いたい。
いやそれより如意岳城じゃなくて、大文字山城と名付けたい


馬《●▲●》助ヒヒーン

近江の城マップができました

『「淡海の城100」簡易マップについて|滋賀県ホームページ』 https://www.pref.shiga.lg.jp/ippan/bunakasports/bunkazaihogo/313019.html

 

城巡りの参考にしてみてください

あくまでも簡易マップなので…

 

Φ(*^ひ^*)ΦΦ(*^ひ^*)Φ

東京都は、65歳以上のGotoトラベル自粛要請を出しました。

東京都に住んでなくて良かった

 

というか、年齢制限するなよ!

一旦、全年齢ストップしろよ!

 

我が輩は親の介護があるからGotoトラベルもイートも使いたくても使えないんだよ。

 

今のままだとそのうち戒厳令を出さざるをえなくなるぞ!

 

 

 

馬《●▲●》助ヒヒーン♪

西国街道歩き、摂津芥川城跡~嶋上郡衙跡

2020年10月25日
芥川宿で寄り道してます。
教宗寺から西北へ住宅地の中を右に行ったり左に行ったり進む。


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Googleマップのおかげで迷わず行けるのが助かる。

芥川小学校跡地


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明治6年から昭和8年までここに校舎があったようです。


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さらに進むと名家のような建物が。


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植込みの隙間に石碑が見える


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【芥川城跡】


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有名な芥川山城とは場所も城主も規模も全く違う。
地元芥川氏の館城があったようで、芥川宿付近の土豪だったのでは?
芥川山城と区別するために摂津芥川城と呼ばれる。


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当時の石垣ではないが、ついつい石垣目線で見てしまう。
はい、病気です😅
由緒あるお家のようですが…

 


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昼になったので先程の小学校跡地横のポケットパークのベンチでパンを食べました

 

街道をしばらく西へ進んだ後、
またまた寄り道。


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【嶋上郡郡衙跡附寺跡】
郡衙は郡の役場があった施設。


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発掘調査された跡、埋め戻されて保存されてる。
近畿地方で初めて確認された郡衙で、国史跡に指定された。


学生時代、我が輩は野洲郡衙跡の発掘調査したことある。
結局、確定できるような遺構は検出されなかった…


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基壇跡か?と思われるような上の道を奥へ進むと、
郡衙跡の西側に、


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遺構の縮小版が復元されてる。
保存された遺跡は地下にあるので見学できない。
そこで、隣の敷地に推定復元されていて見学者に当時の施設を実感してもらおうという試み。

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建物があればもっとわかりやすいが
予算の関係もあるだろう。
贅沢を言ってはいけませんな。


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「後門」


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「厨」

 

古来、三島郡があったが、後に三島上郡と三島下郡に分割され、島上郡と島下郡と改称された。
現在、三島郡島本町のみ。
この他に高槻市茨木市摂津市吹田市なども三島郡でした。


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三島は、「水島」の転化だと思われる。
古代は河川や湿地に囲まれた島状の土地に集落があったのでは?

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郡衙跡が明瞭に残ってる地域は全国的にも少ない
それだけに三島郡衙は貴重だと言っていい。


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摂津国衙に関しては今のところ不明。
難波宮付近が有力だが、三島郡も捨てがたい。
摂津国は本来、津国。
難波津など大和朝廷の外港として重要な港(津)が、淀川水系や大阪湾に点在した。
この津をおさめる政府機関として「摂津職」が設置された。
後に「摂津国」として国名となる。
全国の国名で、地名じゃなくて役職名が国名になった稀有な例が摂津国なのです。


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さらに西へ向かい、寄り道します。


続く…

 

Φ(*^ひ^*)ΦΦ(*^ひ^*)Φ

最近、京都一周トレイルに挑戦してます。

第1弾は、伏見桃山城~泉涌寺

 

そして、第2弾は昨日

東福寺~蹴上まで山歩きしました。

 

人気のハイキングコースなのでたくさんの人やグループが歩いてます。

 

途中で立ち寄ったのが
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六条天皇高倉天皇陵。

 

清閑寺
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志納料100円
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紅葉が素晴らしい


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誰も立ち寄らないので貸切。

穴場スポットですわ。

 

東福寺清水寺南禅寺など超密なほどの観光客がいるが、こちらは誰もいなくて

 

閑静な清閑寺、でした😁


馬《●▲●》助ヒヒーン♪